石原慎太郎氏死去。経歴や都知事時代の功績など。

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突然のことで驚きましたが2022年2月1日に石原慎太郎さんが死去されました。

問題発言や過激な発言がだびだび取り上げられていた石原さんですが、略歴とこれまでどのような功績を上げれてきたのかを解説します。

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石原慎太郎さん 生い立ちと経歴

石原さん1932年に兵庫県神戸市で生まれ、その後に北海道小樽市や神奈川県逗子市など場所を移りながらも育ち、神奈川県立湘南高等学校、一橋大学法学部を卒業されています。

大学在学中には執筆活動を開始されて作家としてデビューし、
一部の内容がネットで非常に話題になった『太陽の季節』という作品で芥川賞を受賞されています。

その後も多くの作品を執筆されています。

1968年には衆議院議員として活動を開始し、1995年に辞職されています。
1999年から東京都知事として見事当選し、2012年まで長期間都知事として活動されていました。

その後の2013年に衆議院議員として復帰されるも体調不良で休養されていました。

石原慎太郎さんの都知事としての功績

石原さんは10年以上都知事として都政を行なわれてましたので、多くの功績があります。

その中でも分かりやすいものをピックアップします。

2020 東京オリンピックの招致

2006年から東京でオリンピックを開催するために石原さんを中心に招致活動を開始されています。

最初は2016年の開催を目指しますがブラジルのリオデジャネイロが選ばれ残念ながら落選。

その後、後任となる猪瀬直樹さんが中心となり見事2020年の東京が開催場所として選出されました。

石原さんがこのような招致活動をしていなかったら2021年の東京オリンピックも開催場所が別になっていたかもしれませんね。

羽田空港再拡張事業

日本で一番大きい空港と言えば羽田空港ですが、この羽田空港を亀井静香さんと協力して再拡張事業を推し進められ滑走路を増やすことに成功しています。

その結果として2019年の年間利用者は約8600万人以上となり世界的に見ても非常に大きい規模の空港となりました。

コロナ禍前には訪日観光客がどんどん増えてきていましたが、それは羽田空港の再拡張事業が一つの要因とも言えるのではないでしょうか。

東京マラソン

今では当たり前に毎年開催されている東京マラソンですが、石原さんが「スポーツや観光の振興」を目的として進めた構想から始まりました。

初開催は2007年で、有名なマラソン選手や芸能人などと一緒に一般人も走ることが出来るマラソン大会として非常に人気がありますよね。

まとめ

今回は石原慎太郎さんの経歴や都知事時代の功績をまとめてみました。

過激な発言が非難を受けることもたびたび見かけましたが、曖昧で中途半端ではなく切り込んでいく姿は今の政治家にはなかなかいない行動力のある方だったと感じています。

御冥福をお祈りします。

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